2011年05月26日

取材用のレコード


6月中旬になるとanalog誌が発売されるので、そろそろ原稿の準備をしておかないといけない。

自分の記事に、レコードとレーベルの写真を載せているが、現在そのレコードを選定している。

英EMIや英デッカ、米RCA、米COLUMBIAと載せているので、米マーキュリーや蘭フィリップス、独グラモフォンあたりをそこに続ければいいのだが、持ってはいても系統立てて調べていないので、書くに書けない状態。

そこで、英デッカのSETにすることにしたのだが、これまたそんなに持っていないので、選ぶのが難しい。

調べてみると200番台がほとんどで、後はED4の頃ばかり。

ED2がごく僅かで、ED3は再発盤しかない。

毎回3枚を載せているので、ED3は省くことにした。

ED1はカラヤンやショルティ、ED2は、ショルティのワーグナーがあるからいいけど、ED4もカラヤンとショルティしか持っていなかったので、重複してしまう。

別に重複してもいいのだけど、何となく今までは全て違う指揮者にしてきたので、悩んでいる。

バーンスタインのマーラーがED1であるので、それを持ってきて、カラヤンをED4にしてもいいのだけど、所有しているレコードがそんなに好きではないので、紹介するのもどうかと思ってしまう。

〜 SET565-6.jpg

他人から見ればどうでもいいことなのですが、記事にするって結構苦労しているんです。

選んだレコードは、発売後のお楽しみってことで。

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posted by メタボパパ at 23:07| Comment(2) | TrackBack(0) | オーディオ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月24日

レコードには何が入っているのか?

 
デッカの名プロデューサーだったカルショウがこんなことを書いている。

定位の明確さに加えて、それまでの録音では聴くことのなかった空間の拡がりが感じられた。ステレオが可能にする創造性は−とりわけオペラにおいて−無限のものと思えた。

カルショウ.jpg
(レコードはまっすぐに カルショー著 株式会社学習研究社)

カルショーが初めてステレオを聴いたのが1953年でモノラルの真っ只中の時代。

ステレオ録音初期にデモンストレーション用の録音が試されたときだって、「幻想を与える技術も、音楽に適用しなければ時間の浪費にすぎない。」とキッパリ言い切っているし、録音に適したコンサート・ホールもこの時期にはすでに把握していた。

また、録音のたびにオケは此処、合唱は此処、独唱者は此処、マイクは此処と最適な位置関係を決め、必要とあらば移動しながら歌わせたりと、あたかもコンサート会場でオペラを観ているかのような臨場感を作り込んでいた。

ここで特記すべきは、彼らは決して生の音をそのまま録ろうとはしていないし、当然ながらホールそのままの音を捉えようともしていない。

恐らくそんなことをしようとしても、無意味だと分かっていたのだと思う。

では、何を基準に作っているのかというと、「ただ、スコアを参照してもらうだけだ。」とも書かれている。

何が言いたいのかというと、ステレオ録音が始まるときには、すでに何をなすべきかを製作者が理解し、彼らによってそれは見事に録られた。

つまり、ステレオ録音によってもたらされる視覚効果が、レコードにはちゃんと最初から刻まれているということ。

しかも、意図したのかどうかは分からない(意図しなければ出来ないと思う)が、ステレオ初期の録音は、個々の楽器がポッと浮かび上がるのではなく、有機的につながり、熱気や気配といったものまで録られている。

このことは初期盤レコードを聴けば明らかで、「定位」、「実在感」、「空間感」といったものを特に意識しなくとも自然に感じ取ることが出来る。

たとえ意図的に作られたにせよ、錯覚だろうと何だろうと、見えるのは事実なのでどうしようもないし、定位がビシッと決まり、渾然一体となって溢れ出す音楽の素晴らしさは堪らないものがある。

レコードにこのような音が刻まれているのだったら、出来るだけその全てを再生したいと望み続けている。

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posted by メタボパパ at 22:10| Comment(7) | TrackBack(0) | オーディオ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月23日

「定位」の定義


最近、オーディオ誌や他のブログを読んだりして、定位という言葉の意味が、どうも私の思っている感覚となんとなく違う気がしていた。

と、同時に私が、「定位」、「定位」と騒いでいても、読まれた方は、違和感を感じたり、誤解をされているのではないか。とも

そんなとき、kaorin27さんのコメントで

昨日からの続きで考えたのですが、我々の発している「音像」とか「定位」の認識は、一般的使われているそれとは違うのだろうと思い当りました。

私たち(kaorin27さんと私)は実際に聴いてもらってるし、話しもできたから分かる部分もあって、本来は一般名詞である単語をパーソナルな意味を持たせて簡単に使い過ぎてしまったようです。

なんとかあの音を早く説明できるよう、別のアプローチを検討しようと思います。

と、結ばれていた。

さすが鋭い!と読んで思ったが、いざ自分で説明しようと思うとうまい言葉が見つからない。

ただ、二本のスピーカー間に現れる音像を定位と呼ぶのでしょうし、よくステレオサウンド誌でフウさんが”ポッと浮かび上がる”なんて表現されていますが、求めているものは明らかに違い、何もない空間にポッと浮かばれたら気持ち悪いと思う。

もっと、全体的な”場”があって、その中の演奏者達が渾然一体となったハーモニーがその”場”から出て来て、独奏があっても、全休符があっても、演奏していない人たちの気配が消えないで欲しい。

決してどこどこのホールの響きとか、生演奏を再現したいわけではなく、レコードに刻まれた音を違和感がないように再現するといった方が合っているような感じなのです。

そして、定位した演奏者達には熱い血潮が流れ、温度感を感じることが必要で、いくら分解能が高くても蝋人形のようなものが並んでいても困る。

多少の曖昧な部分があったとしても、一体感や生きているという実在感を重要視する。

物理的に有り得ない話なのかどうかも分からないけれど、当人は決してホラ話をしているつもりはなく、少しでもいい音でいい音楽を聴きたいと願いながら約30年聴き続けた結果、実際に体感し、心の底からそう思うに至った。

SXL2101j.jpg

当然ながら、これらはレコードの録音に依存するところが大きいので、そこから外れるものも多々あるのですが、徐々にそういうレコードは聴かなくなっている気がします。

逆にいうと、

 だから初期盤を収集してるんですよ。

という言い訳にになってしまうのですが...

色々と書いてみたが、自分の中でも明確になっていないからか、やはりどうしてもうまく説明できないようで、私の思う「定位」の核心を突けないみたい。

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posted by メタボパパ at 22:33| Comment(2) | TrackBack(0) | オーディオ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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