2011年05月24日

レコードには何が入っているのか?

 
デッカの名プロデューサーだったカルショウがこんなことを書いている。

定位の明確さに加えて、それまでの録音では聴くことのなかった空間の拡がりが感じられた。ステレオが可能にする創造性は−とりわけオペラにおいて−無限のものと思えた。

カルショウ.jpg
(レコードはまっすぐに カルショー著 株式会社学習研究社)

カルショーが初めてステレオを聴いたのが1953年でモノラルの真っ只中の時代。

ステレオ録音初期にデモンストレーション用の録音が試されたときだって、「幻想を与える技術も、音楽に適用しなければ時間の浪費にすぎない。」とキッパリ言い切っているし、録音に適したコンサート・ホールもこの時期にはすでに把握していた。

また、録音のたびにオケは此処、合唱は此処、独唱者は此処、マイクは此処と最適な位置関係を決め、必要とあらば移動しながら歌わせたりと、あたかもコンサート会場でオペラを観ているかのような臨場感を作り込んでいた。

ここで特記すべきは、彼らは決して生の音をそのまま録ろうとはしていないし、当然ながらホールそのままの音を捉えようともしていない。

恐らくそんなことをしようとしても、無意味だと分かっていたのだと思う。

では、何を基準に作っているのかというと、「ただ、スコアを参照してもらうだけだ。」とも書かれている。

何が言いたいのかというと、ステレオ録音が始まるときには、すでに何をなすべきかを製作者が理解し、彼らによってそれは見事に録られた。

つまり、ステレオ録音によってもたらされる視覚効果が、レコードにはちゃんと最初から刻まれているということ。

しかも、意図したのかどうかは分からない(意図しなければ出来ないと思う)が、ステレオ初期の録音は、個々の楽器がポッと浮かび上がるのではなく、有機的につながり、熱気や気配といったものまで録られている。

このことは初期盤レコードを聴けば明らかで、「定位」、「実在感」、「空間感」といったものを特に意識しなくとも自然に感じ取ることが出来る。

たとえ意図的に作られたにせよ、錯覚だろうと何だろうと、見えるのは事実なのでどうしようもないし、定位がビシッと決まり、渾然一体となって溢れ出す音楽の素晴らしさは堪らないものがある。

レコードにこのような音が刻まれているのだったら、出来るだけその全てを再生したいと望み続けている。

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posted by メタボパパ at 22:10| Comment(7) | TrackBack(0) | オーディオ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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