2010年11月15日

人を好きになるのに理由がないのに、キライになるのに理由がいるのはなぜ? 〜カラヤン/ブルックナー:交響曲第7番


末娘がよく、

 ねぇ、お父さんはどうしてお母さんと結婚したの?

と聞くので、

 大好きだったからだよ。

と言うようにしているのだが、

 どうして好きになったの?

と突っ込んで聞かれると、答えに窮してしまう。

もっとも、娘の質問の真意は、

 どうしてお父さんは王女様と結婚しなかったのか?
 もし、王女様と結婚していたら、私はお姫様だったのに。

という程度なので、さほど真剣に答える必要もないのだが。

娘の問いをほったらかして考えたのは、

 人を好きになるのに特に理由はないよな〜。
 なのに、人をキライになる時はどうしてその理由があるのか。
 理由なんて本当はないんじゃないの?

ということ。

やさしくない、セコい、細かい、グータラ、間違いを認めない、
威張っている...色々あるのでしょうけど、あえてそんなこ
とを言う必要があるのでしょうか?

何だか別の理由があるように思える。

それは心のどこかに好きという感情が潜在的に残っていて、ど
んなに大嫌い!と思っていても、その気持ちが揺らいでしまう
ので、それを振り払うために理由をつけているだけなのではな
いだろうか。

もしくは自分自身を納得させるためであったり、自分の非を認
めたくないからそれを誤魔化すための手段なのかも知れない。

と考えると、嫌われた方は言われるほど悪くないのではないか
と思うし、そんな知り合いが何人かいるが実際いい人である。

そのことをキライと主張している方にいくら言っても、決して
心が開かれることはなく、ハタから見ているとどっちが意固地
なのかと疑問に思う。

心を閉ざすことによって大切なものを失うことにも気づかない
のではないか とも。

「帝王」と呼ばれたカラヤンも好き嫌いがハッキリ別れるが、私
は好きな指揮者の一人で、特にモノラル時代と、最晩年の時代
がいいと思う。

カラヤンをキライという方々は、目を閉じて指揮する姿とか、
スポーツカーを乗りまわしてカッコつけすぎとか、音楽家では
なく商売人だといった音楽以外の理由が結構多い。

私自身も60年代中盤〜70年代のカラヤンはあまり好きではなく、
それなりに理由もあるつもりだが、結局はみんなが好きというから、
あまのじゃくでキライといっている程度で、上記同様に自分を納得
させるためだけなのかも知れない。

〜 429 226-1.jpg
カラヤン/ブルックナー:交響曲第7番
独グラモフォン 429 226-1

このレコードはカラヤン生涯最後のレコーディングであり、この
演奏を聴けば、「帝王」に君臨し続けた指揮者がどれほど音楽
に対し、真摯に向き合っていたかが分かる気がする。

一度心を閉ざしてしまうと見えるものも見えなくなってしまう。

せっかくの素敵な演奏を、ヘンな偏見で聴く耳持たないのは勿
体ないですよね。

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posted by メタボパパ at 21:17| Comment(0) | TrackBack(0) | レコード紹介:A〜D | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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